民法改正による影響(債務不履行責任)
医療事故,医療過誤事件では不法行為による損害賠償以外にも診療契約上の債務不履行による損害賠償を請求することができます(雇用契約上の安全配慮義務違反の事案も同様)。
民法改正で,債務不履行責任による損害賠償請求も不法行為と同様の規律となり「権利を行使することができることを知った時から5年」(166Ⅰ①)として債権者(賠償を請求する人)の主観的起算点が追加されました。改正前までは「権利を行使できる時から10年」(旧167Ⅰ)だけが時効期間でしたが,人身傷害については改正法で権利を行使できる時から20年(167, 166Ⅰ②)となり,不法行為による損害賠償請求と差異がなくなりました。現実的には権利を行使できる時(つまりは事故日)から20年よりは,権利を行使できることを知った時(つまりは症状固定日)から5年の方が早く到来することが大半でしょうから,債務不履行責任の構成で損害賠償請求を求めようとする場合は,主観的起算点の新設により症状固定日から5年と時効完成が早まることにつながります。
では,改正法が適用されるのはいつの時点に何が起きた場合でしょうか。改正附則10Ⅳは改正法の施行日前に債権が生じた場合は旧法によるとしています。すなわち,令和2年3月中に生じた事故であれば令和2年4月以降に症状固定の診断がなされても症状固定日から5年で時効とはならず,事故日から10年(令和2年3月の事故なら令和12年3月まで)は時効完成しないこととなります。一方,令和2年4月以降に発生した事故では,事故後に症状固定と診断された日から5年で時効完成しますまで,事故後早期に症状固定の診断がされたり事故とほぼ同時に症状固定した場合(事故により死亡した,手足などを失った等)には,早ければ令和7年4月には時効完成を迎えることとなります。改正法の理念として,不法行為構成と債務不履行構成での差異をなくすということから,改正法施行日以降に発生した事故についてはいずれの構成をとっても時効期間に違いはなくなります。
医療事故の場合について整理しますと,①平成29年3月までに症状固定した場合は不法行為については改正法施行前に時効完成してしまいますので事故日から10年までの間に債務不履行責任を追及することが必要となります。②平成29年4月以降に症状固定した(かつ事故日が令和2年3月までの)場合は症状固定日から5年(不法行為構成)または事故日から10年(債務不履行構成)が到来していなければいずれか(または双方)を主張することができます。③令和2年4月以降に発生した事故については上記のとおり不法行為構成と債務不履行構成で差異がなくなり症状固定日から5年(または事故日から20年)の間に損害賠償請求をする必要があることとなります。なお,時効の完成猶予と更新(かつての時効停止,中断)については別項に記します。